首里城火災から6年 責任はいずこへ?

2019年10月31日未明、沖縄の象徴である首里城が火に包まれました。
正殿をはじめとする主要建物7棟が全焼し、2棟が一部焼損しました。火災発生から6年が経った現在、再建工事は終盤を迎えています。
2026年秋の完成を目指し、外観はすでに姿を現し始めています。しかし、「なぜあの夜、火災が起こったのか」という疑問はいまだに解かれていません。
原因は「電気的ショート」か、それとも「不明」か
火災直後から、那覇市消防局や警察が大規模な現場検証を行いました。しかし、焼損が激しく物的証拠が失われたため、最終報告書は「出火原因不明」と結論づけられています。
一方で、火災調査の専門家である鍵谷司氏(技術士)は、現場写真や監視カメラ映像、溶融痕の分析をもとに「電気的ショートによる出火の可能性が高い」とする論文を発表しています。
鍵谷氏が注目したのは、正殿北東の分電盤室近くにあった延長コードと照明スタンドです。延長コードの被覆が溶け、銅の微粒子が周辺に付着していたことから、「通電中に電線同士が接触し、火花(ショート)が発生した」と指摘しました。
さらに、監視カメラには午前2時30分ごろ、白い閃光が一瞬映っており、これをショートの証拠とする見解を示しました。ブレーカーが作動しなかった点も重視し、「電気設備の安全管理が不十分で、異常が遮断されなかった」と論じています。
鍵谷氏は論文の中で、「100%の確定が不可能でも、高度の蓋然性(おおむね80%)があれば原因究明と見なすべきだ」と述べています。つまり、「完全に証明できないから原因不明」とする行政側の姿勢に対し、「合理的推定に基づく原因認定」を求める立場です。この見解は、技術論にとどまらず、行政責任のあり方にも一石を投じています。
県民が起こした住民訴訟
2021年8月、沖縄県民の有志が県を相手取り、「怠る事実の違法確認請求」として住民訴訟を提起しました。訴えの内容は、県が指定管理者である沖縄美ら島財団に対し損害賠償を請求しなかったのは違法だ、というものです。請求額は約1億9,700万円にのぼります。訴訟の実質的な焦点は、財団の管理責任をどう認定するかにあります。
火災発生当時、財団は首里城の運営・管理を一任されていました。原告側は「電気配線や照明器具の点検体制が甘く、安全管理義務を怠った」と主張しています。一方、県および財団側は「原因は不明であり、管理義務違反にはあたらない」と反論しています。
裁判は現在も進行中で、次回公判は2025年11月6日(木)14時、那覇地裁で結審予定です。
この公判では、鍵谷氏を含む専門家証言が改めて確認される見通しで、判決は2026年前半に下される可能性が高いとみられています。
行政調査の限界と技術者の視点
火災原因の解明を難しくしているのは、現場の状況です。正殿は木造で、内部には漆や塗料が多く使われており、燃焼が急速に広がりました。電気設備や配線はすべて焼失し、出火源とされる延長コードも形が崩壊しています。
消防局は「電気的異常を否定できないが、因果関係を証明できない」と報告しました。
一方で、技術者グループは現場資料を解析し、監視映像や金属残留物の分布から、電気ショート以外の説明は成り立たないと主張しています。
行政と専門家の評価が割れる背景には、立場の違いがあります。
行政調査は「確証がない限り特定しない」立場を取りますが、火災鑑定の分野では「もっとも合理的な原因を推定する」ことを重視します。この溝をどう埋めるかが、訴訟の鍵になっています。
再建と再発防止のあいだで
現在の再建工事は「見せる復興」をテーマに、工事過程を一般公開しながら進められています。令和7年10月31日現在では、正殿の外観が整い、姿を表しています。
今後は、木材加工、漆塗り、屋根瓦の制作など、伝統技術の継承を重視しつつ、防火・防災対策も強化される予定です。配線の構造や電源分岐の方式は全面的に見直され、耐熱素材や漏電遮断装置の導入が進められています。
再発防止検討委員会は、火災通報装置の多重化、夜間巡回の増員、設備点検記録のデジタル化などを提言しています。再建後の首里城は、従来よりも安全な構造になる見通しです。
しかし、制度的な課題は残っています。
火災当時、県は管理を財団に委託していましたが、委託側(県)と受託側(財団)の責任範囲が曖昧でした。
文化財保護法や地方自治法の観点からも、指定管理者制度の監督方法を再検討する必要があります。
現在でも、その当時の責任の所在がはっきりしていないこと、原因がわかっていないことで、県民の間には再び火災にまみえるのではないか?との不安があるのも確かです。
「形」だけでなく、「信頼」の再建を
首里城の再建は、単なる建物の復元ではなく、県民の誇りと信頼を取り戻す作業です。
火災の原因をあいまいにしたまま再建を終えれば、「再発防止」の名に値しません。
鍵谷氏ら専門家の提言は、行政批判ではなく、「次の災害を防ぐための検証を止めるな」という警鐘です。
2026年秋、ちょうど、来年の今頃には真新しい朱の正殿が完成し、県民の喜ぶ声が聞こえるのではないでしょうか。
しかし、原因がはっきりとしないままでは、同時に「なぜ、あの夜、炎は止められなかったのか」という問いは続くままではないでしょうか。

