“強者だから差別ではない”は本当か ?― 報道と民主主義の危うさ
日本国憲法第14条は「すべて国民は法の下に平等であり、人種、信条、性別、社会的身分又は門地によって差別されない」と定めています。また第22条は「すべて国民は、公共の福祉に反しない限り、職業選択の自由を有する」と規定しています。つまり、どのような属性を持っていても不当に扱われてはならず、またどのような職業を選んでも、それを理由に排除されてはならないという価値観は、本来ひとつながりの原則として憲法に根ざしているのです。
差別とは、人の属性や職業、出自といった本人の尊厳にかかわる要素を理由に、正当な理由なく不利益な扱いをしたり、排除したりする行為を指します。批判や意見表明の自由とは区別して考える必要があります。
■ 自衛隊をめぐる排除の構図
しかし現実には、この基本原則を揺るがす出来事が起きています。この夏、沖縄市の全島エイサーまつりで、陸上自衛隊エイサー隊の出演をめぐり、ある市民団体が「市民感情からして許されない」として出演取りやめを要請し、「先祖供養の場に自衛隊が参加すべきではない」と抗議しました。最終的に主催者の判断で出演は実現しましたが、「地域の一員」としての参加さえ否定しようとする動きは大きな波紋を呼びました。
もちろん、抗議や意見表明は民主主義社会において保障されるべき権利です。しかし、「参加を妨げる」「存在そのものを排除する」といった行為は、単なる意見表明を超えています。職業や立場を理由に人を排除するという点で、それはまさに「差別」の本質に踏み込んでいます。
■ 「強者への排除は差別ではない」の危うさ
この問題をめぐり、大阪公立大学の明戸隆浩准教授は「自衛隊員は職業を自ら選んだのだから“職業差別”には当たらない」とコメントしました(出典:沖縄タイムス記事)。さらに、沖縄タイムスの阿部岳編集委員はSNSで「自衛隊は国家で最も強力な武力組織であり、その“強者”に対する排除は差別ではない」と主張しています(阿部岳氏X)。
こうした見解は「差別は弱者に向かうものであり、強者には成立しない」という構造的な理解に基づいていますが、問題の本質を見誤っています。
第一に、「自ら選んだから差別ではない」という論理を突き詰めれば、「女性が政治家になることを選んだのだからセクハラも仕方ない」「外国人が日本に来たのだから差別も我慢すべき」といった暴論すら正当化されかねません。差別の本質は“選んだかどうか”ではなく、“不合理な排除や扱いを受けているかどうか”です。
第二に、「強者への排除は差別ではない」という論は、組織と個人を混同しています。確かに自衛隊は強大な組織ですが、その中にいるのは家族を持ち、地域で暮らす一人ひとりの生活者です。組織が強いからといって、そこに属する個人の尊厳まで奪ってよいはずがありません。もし「強者なら差別してもよい」とするなら、差別という概念そのものが空洞化してしまいます。
■ 「第四の権力」としての報道責任
この問題と通底するのが、那覇市議会での和田市議の発言をめぐる報道です。和田市議は、性的少数者をめぐる社会的現象について「社会的伝染」という用語を用い、「つまり“影響を受ける”ということです」と補足しました。「社会的伝染(social contagion)」は心理学や社会学で広く用いられる専門用語で、価値観や行動が人から人へと広がる現象を指します。
ところが、一部の報道では「社会的」という語が省かれ、「伝染」という刺激的な言葉だけが切り取られました。多くの人が「伝染」という言葉から病気や有害なものを連想するのは自然です。補足説明にも触れず、最もセンセーショナルな部分だけを強調する手法は、発言の文脈や意図を大きく歪め、誤った印象を生み出します。これは「報道」ではなく、意図的な『印象操作』と受け取られても仕方のない報じ方です。
とりわけ、阿部岳氏のように“編集委員”という立場にある記者には、より重い倫理的責任が伴います。報道は「立法・行政・司法」に続く“第四の権力”と呼ばれ、世論形成や政治判断に強い影響力を持ちます。その言葉の選択や切り取り方は、単なる表現技術ではなく「権力の行使」そのものです。だからこそ、報道には説明責任と慎重な表現が求められるのです。
■ 「共に生きる社会」への出発点
社会が成熟するとは、立場や考え方が異なっても互いの存在を尊重し合い、共に生きていける状態を目指すことです。表現の自由は民主主義の根幹であり、抗議や批判は当然保障されるべきです。しかし、その自由は「他者の尊厳を奪わない」という原則とともに行使されなければなりません。職業だから、強者だからという理由で人の存在を排除してよい社会は、民主主義の理念と両立しません。
今回の自衛隊をめぐる一連の議論は、「差別とは何か」「報道はどうあるべきか」という根本的な問いを私たちに投げかけています。問われているのは「誰を排除するか」ではなく、「どのように共に生きる社会をつくるのか」なのです。
参考リンク
• 日本国憲法(第14条・第22条)全文:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION
• 明戸隆浩准教授コメント(沖縄タイムス):https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1682688
• 阿部岳編集委員(沖縄タイムス)X:https://x.com/abegaku
• 大阪公立大学 明戸准教授研究者ページ:https://researchmap.jp/takahirom
• 「社会的伝染(Social Contagion)」解説(Psychology Today):https://www.psychologytoday.com/us/basics/social-contagion
• 日本新聞協会「報道と民主主義」:https://www.pressnet.or.jp/about/media/
